僕が、京都医塾入塾前、卒業時の偏差値が36.9になってしまった経緯をお話します。
これを読んで、お子さんと状況を比較して、医学部合格の可能性を感じていただきたいです。
岩手で生まれ、保育園の頃、一番最初に通っていた塾は、自ら通いたいと言って、通い始めました。塾では、同学年の他の子より、先に進んだ勉強ができるほうでした。
小学校低学年くらいのときに親と将来の夢を話し合う機会がありました。
親が薬局を経営していたので、将来、開業医になって、隣に薬局を建てるねということを言っていました。
将来の夢から、親が医学部受験を有利にするために、中学受験したほうがよいのではと提案してくれました。そこで、仙台にある中学受験の塾に小学校4年生から通うようになり、塾で北嶺中学校の説明を聞きました。
説明の中で、医学部への進学率が高いというのを聞いて、北嶺中学へ進学を決意しました。
中学受験の塾で中学受験をするために勉強をしていくうちに、勉強が楽しくないと感じるようになりました。なぜなら、以前は自らの意志で進んで勉強をしていました。
しかし、周りと偏差値で比べられ、親や塾のアドバイスも、自分に対して強制的に勉強をさせる言葉として否定的に捉えるようになりました。そこから、親と言い合いになることも増え、勉強をやらされていると感じていました。
しかし、小学生なので嫌でも勉強するしかなく、北嶺中学校には合格できました。
中学校では、寮生活になって親の目がなくなった影響で、勉強をさぼりがちになりました。また、寮生活では友達ができ、一緒に食事をしたり遊んだりするのが楽しく、さらに勉強をさぼるようになりました。
寮で持ち込みが禁止されていたスマホのゲームをするなどして、生活習慣が乱れ、さらに勉強から遠ざかる生活でした。それでも、高3夏から勉強に危機感をもち勉強を始めましたが、間に合わず、目指していた医学部は不合格でした。
卒業するまでの間に、浪人生活をどうするか、親と話し合いました。
親が事前に予備校情報を集めていて、京都医塾を紹介され、僕も興味を持ち、体験を受けに行きました。
清家塾長による入塾説明では、入塾前の分析テストの結果に基づき、「1年で医学部に合格する確率は5%以下。今年は医学部に受からないと思う。」と指摘されました。しかし、この言葉から、かえって危機感を持って1年間勉強することができました。
こんな僕でも、京都医塾の先生を信じて勉強した結果、成績が上がり、医学部に合格できました。
一番、両親に感謝していることは、中学・高校の6年間、医学部に行くための勉強を行わなかった僕を信頼し、京都医塾に預けてくれたことです。
これを読まれている保護者の方も、お子さんが京都医塾に行きたいと伝えてきたときは、ぜひ入塾を考えてあげてください。
こんな僕がいうのもあれですが、今まで頑張って来られなかった人でも、ふさわしい環境に身を置き、心を入れ替えて勉強をすれば、必ず合格の可能性はあるので、親御さんもお子さんのことを信頼してあげてほしいと思います。